第41話 エンジンオーバーホール
某年某月某日
団地住まいから一軒家に移り住むことになり、これで思う存分修理ができるし、動かなくなった車を止めておけるスペースも確保できた。ワイフのためのトーラスも手に入り、これでエランの大修理を開始する準備が整った。クランクシャフトのオイルシールを交換するにはエンジンを降ろさなければならないから、エンジンブレーキをかけた時に青煙を吐くようになっていたので、これを機会にまとめて片付けてしまうことにする。そのエンジンパーツとボディー補習パーツをリストアップしてイギリスのパーツ屋に発注した。これは手元に部品が届くまで時間は掛かるが、日本で買うより値段は格段に安いのだ。
某年某月某日
補強したカーポートの梁にレンタルショップから借りて来たチェーンブロックをぶら下げて、エンジンを吊り上げる。ここに至るまでに補器類を外しておかなければならないが、取付けに比べたら取り外しは、頭をあまり使うこともなく半分以下の時間でこなすことができる。(しかし、組み付けるまでに相当長いインターバルが予想される場合は、どこに何がついていたか記憶が薄れてしまうので、細かなところまで写真を取っておくことをお薦めする)
ボディーから降りたエンジンを早速バラし始めるが、今回はヘッドに手を付ける必要がないので、作業はアっと言う間に完了してしまった。それも使った工具は、例の機関銃の弾丸ケースに納まっている物だけで、特殊工具などまったく必要としなかった。これだからイギリス車は、素人でも手が出しやすいのだ。
エンジン内部を細かくチェックするが、大きなキズがついている箇所もなく、メインベアリングのメッキが磨耗して、色の違う地肌が出ていることが、目立った程度だ。
この日からエランはしばらくの間冬眠に入るわけだが、同じような経緯でその後何年間も目を覚ますことがなかった事例をいくつも知っているので、自分はそうさせないことを心に誓いながらボディーカバーを掛けた。
某年某月某日
パーツがイギリスから届くまでの期間を利用して、エンジンルームのレストアに取り掛かる。この作業の一番のポイントは、エキゾーストの熱で焦げてしまったフットボックスの壁を切り取り、新しくFRPを張り込むこと。そして、その外側と内側の両方にアルミ板でカバーした断熱材を追加して、ドライバーサイドのコタツ状態を何とか和らげるための悪あがきをすることだった。その遮熱板がどれだけ効果があるか分からないが、なにもしないよりは増しだろう。それ以外は、所々剥がれているエンジンルーム内とラジエーターなどの補器類をペイントして、お化粧直しすることだ。こんなことは、サンドブラスターがあれば朝飯前に終わってしまうのだが、ワイヤーブラシ、サンドペーパー、スクレーパーなどを使った手作業では、とてつもなく時間がかかり、仕上がりもよくないと来ているから、嫌になってしまう。それでもペイントを塗終えると、みすぼらしかったエンジンルームは見違えるほど奇麗になった。
某年某月某日
航空貨物会社から電話があり、荷物が届いているので通関手続きに来るようにとのこと、指定されたトラックターミナルへと出向く。まずは航空貨物会社のオフィスで運賃を支払い書類を受け取り、税関に行ってその書類を提出しスタンプを押してもらう。そして、税関の係官と一緒に倉庫まで行って、梱包を解き中身をチェックしてもらう。自動車部品は無税なので通関には何の問題もなかったが、発注した部品の中で一番サイズの大きいフロントガラスが割れていた。交換するのを楽しみにしていたのにガッカリである。まして、今回の輸送にサイズが大きなこのフロントガラスが含まれていなければ、もっと安くて自宅まで配達される航空郵便が使えたのに、どうもガラスにはつきがないようだ。
家に帰って証拠写真を撮り、航空貨物にかかっていた保険の代理店に電話をして、対処を依頼する。担当者に事情を話すと、彼はイギリスに駐在していたことのある車好きな人で、親身になって対応することを約束してくれた。後日フロントガラスの部品代が銀行に振り込まれたが、もちろん航空貨物と航空郵便の差額、荷物をトラックターミナルまで取りに行った僕の時間は、帰ってこなかった。
某年某月某日
届いたスタンダードよりワンサイズアップのピストンセットとシリンダーブロックをトランクに積み込み、N熔接に向けて出発する。都内はサミット開催に向けてそこらじゅうで検問が行なわれ、どこも大混雑している。もし検問でトランクを開けらたら、シリンダーブロックをロケット弾の4連発射台と間違われるのではないかとヒヤヒヤしながら、いつもの何倍もの時間がかかってやっと辿り着いた。指定のクリアランスでのボーリングの作業は、一週間で仕上がるとのことだった。
某年某月某日
ボーリングが終わったシッリンダーブロックをコイン洗車場に持ち込んでクリーンアップした後スプレーペイントで仕上げ、揃ったパーツで組み上げていく。この作業はそれぞれのクリアランスは問題ないと想定したうえで一々測定などしないでやっているので、さほど面倒臭いことはない。しかし、ここに至るまで、NSから借りた天秤計りを使ってピストン、コンロッドなどのパーツの重量を合わせたり、ペイントの剥がれたやオイルパンなどをお化粧直したり、パーツを奇麗に洗ったりの準備が大変なのだ。エンジンは基本的にネジで組み上がっているから、パーツを組み付ける順番を間違えたりしても、やり直しがきくから、接着剤で組み立てるプラモデルと比べるとずーっとたちがいい。10年程前にゴルフのエンジンをオーバーホールした時に1度だけ使った、自前のピストンリングコンプレッサーで、ピストンをシリンダーに入れ、クランクシャフトにトルクレンチでエンドキャップを絞めていくと、段々エンジンらしくなっていく。シムを削ってのバルブのクリアランス調整に比べたら楽なものである。どれがどこのボルトか分からなくなってしまうのではないかと心配していたが、今回は自分の記憶力を見直した。
組み上がったエンジンをトランスミッションとドッキングさせ、エキゾストマニフォールドを付けボディーに積み込む準備が万端整った。
某年某月某日
いよいよボディーへの積み込み作業だが、今日は人手が必要なので、NSをはじめ3人がヘルプに駆け付けてくれた。と言っても、集合に時間がかかり、作業が始まったときには夜の9時を回っていた。またレンタルショップで借りてきたチェーンブロックでエンジンとトランスミッションを吊り上げボディーに滑り込ませようとするが、エンジンルームの開口部分が狭いこととフレームのクロスメンバーが邪魔して、どうしても入っていかない。何度マニュアルを見直しても、エンジンとトランスミッションをドッキングさせたまま積み込んでいる絵が載っている。いろいろな方法でトライを繰り返し、これは大きな靴べらでも使ってボディーを広げないかぎり絶対に入らないと結論が出るまで、ゆうに2時間はかかってしまった。そこから計画を変更して、エンジンとトランスミッションを切り離し、一度取付けたキゾーストマニフォールドもとり外し、一つ一つバラバラに載せることにとなった。この方法は時間がかかるが、もうこうなったらこの手しか残っていない。トランスミッションとドライブシャフトを繋ぎ、エンジンをドッキングさせ、全てが収まってボルトを絞め終えたころには、東の空が白みはじめていた。最後まで付き合ってくれた友達には、本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。この長時間に渡るガンバリをもっと別の分野に使っていたら、自分はもっと大成できたのではないかと、いつも思うのだが、、、、。一晩中作業をしていたのに、近所から苦情が出なくて助かった。
某年某月某日
補器類を取付けて、いよいよエンジンに火が入る。今回のオーバーホールでは、クランクシャフトやコンロッドなどの大物を除き、ほとんどの部品を新品に交換したので、ある程度の期間はナラシが必要だろう。そのことを考えていたら、子供の頃、町中を車高を下げたホンダのN360などが、リヤウィンドーにガムテープで大きく”ナラシ”と書いて走っていた光景をよく目にしたことを思いだした。あのサインの起源は、本当にサーキットでエンジンのナラシ運転をする時に、スロースピードで走行していることを後続車に知らせる目的だったのだろうが、僕が町で見かけたのは、きっとそれを真似てファッションとしてやっていたた連中にちがいない。
エンジンはあっけないほど快調に回りだし、クロモリの軽量フライホイールも奢ってやったので、ピックアップがオートバイエンジンのように良くなった。そして、鉄の鋳物のマニーフォールドからステンレスのタコ足に替わったことで、パワーもかなり上がっているようだ。早くブン回したくてウズウズしてくる。
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