第29話 ジャッキースチュワートの走り
某年某月某日
僕とNSはアルピーヌのYAから、富士スピードウェーで開かれるジムカーナとサーキット走行会が2本立てになっているイベントに参加しようと誘われた。
YAは、それまで乗っていた赤いA110の1300VCを、フランスから個人輸入した1600SCに乗り換えたばかりだったので、やる気イッパイなのだ。誘いを受けた僕は、平日に行なわれるイベントなので、休みを調整すればよいだけだったが、もう一台のアルピーヌのNSは、1年以上前に組み上げたのに載せ変えのタイミングを逸していた、ゴルディーニエンジンと5速ミッションをターンフローエンジンと4速ミッションから交換する作業をその日までに完了しなければいけないことになった。それまであと2週間しかない。最初に彼がぶつかった難関は、2階の彼の部屋からエンジンをどうやって1階まで降ろすかである。そう、彼は、エンジンを2階の自分の部屋で組んでしまったのである。人間真剣になると想像以上の力を出せると言われているが、彼はそれを証明してくれた。家が火事でもないのに、一人でエンジンを1階へ降ろしてしまったのだ。もう季節は晩秋だったが、それからの毎日、彼は夜遅くまでアルピーヌと格闘を続けた。やっとエンジンに火を入れられるところまでこぎ付けたのがイベント2日前の夜半を過ぎ、残された時間も少ないのでエンジンの始動を試みたが、バックファイヤーが激しく起こるだけでエンジンが掛かってくれない。すると近所のオバアさんがやってきて「どうしても今夜やらなくては駄目なのかい?」と聞かれたそうだ。普通なら怒鳴り込まれるところだろうが、そのオバアさんは彼がここ数日間昼夜問わず作業をし続けていたのを知っていたので、頭ごなしに文句を言えなかったのだ。そしてNSの返事も「すみません、どうしても今夜仕上げなければならないので。」と切り返したそうだ。その後ファイヤリングオーダーが間違っていたことに気づき、それを直したらなんとかエンジンが回りだしたとのことだった。
某年某月某日
イベント当日、朝7時に用賀の東名入り口で待ち合わせをしていたら、濃いブルーメタリックのボディーにガムテープで仮ナンバーを貼り付けたYAのアルピーヌがやってきた。前の赤いのと比べると外見に大きな違いがないのに、いかにも強そうでスゴミを感じるのはなぜだろう。きっと放射しているオーラにもパワーがあるのだろう。その次に現われたのがAから赤いアルピーヌを譲り受けた、雑誌編集者のMT氏だ。恋い焦がれてやっと手に入れることができたので、とても嬉しそうである。環八は段々交通量も多くなってきたが、NSがなかなか現われない。やっぱりダメだったかと思いつつ、集合場所から程近い彼の駐車場をチェックに行ったら、車はなくなっている。集合場所に戻り、そろそろあきらめて出発しようかと相談していたら、目を真っ赤にしたNSが現われた。彼は、中央道で夜を徹してエンジンのナラシを700キロ程してきたとのこと、これで今日は全開走行ができると満足そうである。軟派な彼にこんな根性が残っていたとは知らなかった。しかし、これが使い納めだったかも知れないが、、、。
4台揃ったところで、御殿場に向けて出発する。
富士スピードウェーのゲート前には、さすがに外車チューンアップ屋さんの主催イベントだけあって、様々な車が集合していた。受付を済ませ、配られたゼッケンをドアに貼るだけで、気分は盛り上がるものだ。因みに僕は、ジムカーナは初体験である。
一回慣熟走行をした後、出場者がつぎつぎにスタートしていく。
仲間内で最初にスタートしたのはNSだった。勢い良く飛び出した彼は何を血迷ったか3つめのターンでミスコースをしそうになり、かなりのタイムロスをしてしまった。この2週間の努力を知っている僕は、彼がかわいそうで笑うに笑えなかった。次に僕の順番がまわってきて勢いスタートすると、最初のパイロンをまわった途端、フロントフェンダーの辺りからガガガーっとタイヤとボディーが擦っている音が聞こえてきた。音だけでなく、それがブレーキになって、車が前に進んでくれない。そんなターンが4?5箇所もあるのだから、良いタイムが出るわけがない。こんなすごい音がでているんじゃフェンダーにヒビでも入っただろうと、ヒヤヒヤしながらやっとゴールに辿り着いた。車から降りて恐る恐る見てみると、タイヤが当たっていたのは、フェンダーではなくホイールアーチの内側だった。ステアリングをフルに切り込んだ際、タイヤのエッジがロールしてきたボディーと接触してしまうのだ。こんな状況は、普通街を走っているときには起こらないことだったので、また新発見である。車高を上げるか、ホイールアーチを膨らますか、ロールが起こらないようにするか、対処方法が考えられるが、どれも今すぐにできることではないので、2回目のタイムにも期待しないことにした。CRXをジムカーナ仕様にして全日本のジムカーナ選手権にシリーズ出場しているYAは、パワフルなアルピーヌを乗りこなして、そつなくトップのタイムを記録していた。
MT氏は手に入れてから日も浅く、2速で走る時にはシフトレバーを右手でホールドしていなければギヤが抜けてしまうこの車と格闘したが、ちょっとスピードの出る2速コーナーでギアが抜けて大きいスピンをやらかしてしまった。
一回目のタイムトライアルが済んだ後は、サーキット走行である。富士スピードウェーは、ノーマルのエランにとって唯々広い道路で、エンジンパワーも制動力もタイヤのグリップも足りないのにもかかわらず、コーナーでもけっこうスピードだけは出てしまう。ロールバーもないのに調子に乗って超えてはならない一線を超えてしまったら、ひどい目に合うだろうなと考えていたら、コーナーの進入でブレーキングが遅れて大スピンをやらかしてしまった。これですっかりやる気が失せた。
ジムカーナの2回目のタイムトライアルで、NSは今度はミスコースもなく、けっこうタイムアップしたようだ。ぼくは、1回目と同じ状況でターンごとにガガガーと音を発していた。YAは2回目も文句なしの走りを披露したが、その車を借りて走ったMT氏は、腕の差を露呈してしまった。
40台ほどの参加者の中で、YAが優勝で「この日のために、フランスから車を空輸しました。」と60年代の日本グランプリのような冗談を言って、ご満悦である。2回目のタイムが記録されたNSもシングルの順位で、この2週間の苦労が少しは報われたようだ。言い訳の材料があるMT氏と僕も、それなりに楽しんだ。僕は、1回目と2回目のタイムが100分の1秒までピッタリ同じで、「時計のように正確なジャッキースチュワートの走り。」とふがいなかった順位を冗談でごまかした。
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