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第24話 ボーリング屋さんには尊敬の念をもって

某年某月某日

前から気になっていたが、信号に止っているときにブレーキペダルを踏み続けていると、ペダルが少しずつ奥に入ってしまう症状が、近ごろ段々ひどくなってきた。

これはマスターシリンダーが原因だろうから、以前買っておいたオーバーホールキットでお茶を濁すことにした。本国仕様のエランのブレーキシステムは、最終モデルのスプリントまで油圧系統が一系統しかないシングルサーキットなのだが、US仕様のこの車はアメリカの安全基準に合わせて、現代の車の様にフロントとリヤが別々の配管がされた、ダブルサーキットになっているのである。これがUS仕様のエランが自慢できる唯一の点で、それ以外で本国仕様を上回っている点は、はっきり言ってなにもない。

マスターバッグ無しのタンデムマスターシリンダーからピストンを抜き取り、小指をシリンダー内に突っ込んで内壁をチェックすると、案の定、ザラザラっとした虫食い状態が一部に発生しているではないか。これはオーバーホールキットで直せる限界を越えている。都内各所のロータス パーツ屋に電話をして、マスターシリンダーの在庫と値段を確認すると、同じパーツがヨーロッパにも使われているので、けっこう何処でも在庫しているが、一様に値段が異常に高い。いつ現われるか分からないお客のためにパーツを在庫しておけば、それだけ値段が高くなってしまうのは理解できる。ましてブレーキは命に係わることだということも重々分かっている。しかし、この値段はどうしても納得できないのだ。どうしたらよいものかとマスターシリンダーを眺めていたら、「これもシリンダーとピストンなのだから、ボーリング屋でなんとかならないだろうか?」と自分に都合の良いアイディアが浮かんできた。

早速、N熔接の社長に相談するためマスターシリンダーを持って出かけた。もう夕方になってしまい、到着した時には工場のシャッターは閉じていた。その建物の上の方を見上げると、どうもそこが住居のようなので、ズウズウしく押しかけてみる。呼び鈴を押して出てきた奥さんに事情を話すと、奥から「この前の素人がまた来たか。」と怪訝そうな顔で社長が出てきた。マスターシリンダーを見せながら「どうにか、シリンダーの内壁を数ミリ削って、オリジナルのボアサイズと同じ直径の新しいスリーブを圧入できないか?」とお願いすると、彼はもっと怪訝そうな顔になった。やっぱりダメかと諦めかけると、「今どきそんなことをする人なんかいないよ。」と言いながら引受けてくれた。それも、パーツ代の20分の1の工賃でだ。三日後に新品のスリーブが入ったマスターシリンダーが出来上がり、その後何年間もそれを使い続けることになる。




 

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