第19話 パーティーはスポーツカーで
某年某月某日
今日は親友Kの結婚式である。エランは、着飾った女性を横に乗せてパーティーに出かけても絵になるギリギリのスポーツカーだと思っている。これがエラン以上にレーシーなアルピーヌやストラトスなんかになると、タキシードというよりレーシングスーツがピッタリ決まる。
もちろんMGやトライアンフなどの一般スポーツカーは、女の子を横に乗せることを主目的に存在しているような車だから、デートやパーティーといったシチュエーションでは、カッコ良く見えて当たり前である。
ところでこの結婚式にはただ招待されているのではなく、我々夫婦が式の証人、ベストマンを勤めることになっているのだ。キリスト教の結婚式で証人といえば、日本式の結婚式での仲人の様な役だから、時間に遅れないようにと早目に家を出発した。やはり首都高の環状線への合流が、いつものように渋滞している。この程度の渋滞は予想していたので、まだ時間に余裕があるとのんびり構えていると、一寸刻みの渋滞の中、切ったりつないだりを続けているクラッチペダルを踏む左足に、いつもと違う感覚が伝わってくるではないか。それは、クラッチミートする度に悪化してくる。冷汗が背中を流れ落ちて、アーもうクラッチが切れないと思ったら、ちょうど退避場所が見えてきた。トラックが占領している平日の首都高の退避場所に止ったスポーツカー、そこから着飾った男女が降りてくる様は、どう見ても場違いで滑稽である。こんな場合、どんな車に乗っていても、絵にならないのは確かだが。
エランのクラッチスレーブシリンダーはエキゾーストパイプの真上に位置していて、その間隔は3センチほどしかない。だから勢い良く飛ばしてから渋滞に巻き込まれると、スレーヴシリンダーが排気熱の直撃を食らってしまい、クラッチが切れなくなるトラブルが起きてしまうのである。
とにかく、どうにかして結婚式会場に辿り着かなければならない、映画「卒業」のベンジャミンの心境である。ここから二人で走り出すわけにもいかず、ジャッキアップして僕が車の下に潜り込み、ワイフにクラッチペダルを踏んでもらいエアー抜きを試みる。幸運にも3?4回繰り返すとそれが効を奏して、クラッチが切れるようになった。(もちろんツールもブレーキフルードもロータスの常備品である。あるエランオーナーは、スペアーのスレーヴシリンダーをいつも携帯しているそうだ。)こうなったらまた駄目になるまで走るしかない。服に付いたホコリを払い落し、急いで車に乗り込む。急いでいるのは、時間に遅れたくないからもあるが、首都高で車の下に潜っている姿を誰か知っている人にでも見られはしないかと心配だったからだ。クラッチはその後順調に働いてくれて、遅刻もせずに何食わぬ顔で証人の大役を果たすことができた。式の後に聞いた話だが、先に到着した別の出席者が僕が車の下に潜っているのを目撃して、その様を新郎新婦に告げ口したため、彼らは証人が間に合わないのではないかと、かなり気をもんでいたとのことだった。
僕のワイフは、結婚した時に首都高でクラッチのエアー抜きをさせられるをことなど夢にも思っていなかっただろうが、まあなにより、新郎新婦に幸多かれである。
この灼熱地獄のスレーヴシリンダーの問題を解決しようとしても、熱を発するエキゾーストパイプの位置も、それをまともに受けるスレーヴシリンダーの位置も変えられないので、このトラブルもエランを東京で走らせると起こる宿命と理解することにした。
それでも後日、効果の程は分からないが、薄いアルミ板と断熱材で遮熱板を作り、スレーヴシリンダーを包み込む悪あがきを試みた。
|