第15話 ガラス屋さんはヒーロー
某年某月某日
ここ数週間は何事もなく走っているので、河口湖方面まで出かけてみることにする。高速道路を法定速度でクルーズするのは、ただうるさいだけで全くもってつまらない。開けていたサイドウィンドーを閉めようダッシュパネル上のスイッチを押していると、左の耳元でブッツと鈍い音がしたかと思うと、シャラシャラと音を立ててワイヤーが空回りして、ガラスが上がらなくなってしまった。どうやら、パワーウィンドーのワイヤーが切れたか外れたらしい。ドアを開けて両手でガラスを挟んで持ち上げたら、閉じた状態で止まっているので、早急に何とかしなければならない大問題ではないが、、。この日は、目指していた自動車博物館も休館日で、いい事なし。でも、大雨の中ウィンドーが閉まらなくなった話を聞いたことがあったので、それよりはましかと、無事帰ってこれたことに感謝する。
次の休みにはどうにかしようとスケジュールを立てたが、それまでは、手の施しようがない。
某年某月某日
ワイヤーが切れてから数日間は、ウィンドーも閉まったままになっていたがが、だんだん車の振動でガラスが下がるようになってしまう。これでは、車を止めておくのに問題である。困っているとワイフが、「これを使えば。」と、透明な吸盤を差し出した。けっこう重いガラスを、こんなもので止めておけるわけないだろうと思ったが、物は試しとガラスを持ち上げて、ガラスとウィンドーサッシの下部の境界線ギリギリに吸盤を張り付けてみると、閉まったままビクともしなくなった。このアイディアは効果有りで、窓を開けて途中でとめておきたい時には吸盤を上に張り付け直せばよいので、当分間このまま修理せずに乗ることになってしまった。因みに、シリーズ2までのサイドウィンドーは、ガラスについた把手をつかんで手で開け閉めしていたのだから、これと大差ないわけだ。
某年某月某日
たまたま買ったのが外道の左ハンドルだったのと、壊れたウィンドーも左側だったせいで、高速道路の料金所でお金を払う時にも問題がなく、吸盤ストッパーのお世話になっていたが、いつまでもこのままにしておくわけにも行かず、S自動車サーヴィスに行って修理すことにする。このころになると修理を依頼するのではなく、場所と工具を貸してもらえるようになっていた。
ドアの内張りを外して、ボルトをゆるめると、ウィンドーサッシがゴソっとぬけてくる。(省略して書いているので、ここまで一行ですんでしまうが、ドアのロックシステムなど元に戻す時のことを考えて、完成状態を瞼に焼き付けながら作業をしているので、本当はとても時間がかかっている。)想像していたとおり、金属で作られたサッシのフレームの下の方はかなりサビが出て、赤く変色している。サビた部分はこれ以上悪くならないように、ワイヤーブラシできれいにして、サビ止め塗料をスプレーしておいた。古い車の修理は、バラしたついでに直すものがいっぱい出てきてしまうので、余計時間がかかる。
パーツリストのドアフレームのイラストを参考にして、よくもこんなデザインをしたものだと感心しながら、新しいワイヤーを張る。両手でガラスを挟んで上下すると、それに伴ってワイヤーがスルスルと動くではないか。「やった!ザマミロ。」満足感に浸りながら、ドアに組み込み、パワーウィンドーのモーターを取付け、配線を繋いでスイッチを入れると、ゆっくりと上下する。これで、再び征服感に浸っていると、何回目かにズルっとガラスだけが動いてしまった。ワイヤーとガラスの締め付け部分が緩すぎて、ズレてしまったようだ。これでは、もう少しで「あがり」というところで「振り出しに戻る」に止ってしまった双六で、また一からやり直しである。
そもそもガラスとワイヤーの固定方法は、ガラスの前側、後ろ側に開いている二つの穴にボルトを突き通し、そのボルトに開いた小さな穴にワイヤーを通してナットを閉め込むと、ワイヤーがガラスとナットの間に挾まれ固定されるという、極プリミティブな構造なのである。ワイヤーとガラスの間には、申し訳程度のスポンジが挟んであるのだが、、、、
モーターを外し、ドアフレームドアから引き出す。ガラスをもとの位置に戻して、ガラスにワイヤーを締め付けているボルトとナットを締めていく。すると、ピシッという音がして、今まで透明だったガラスが、一瞬にして白っぽくなってしまった。いったい何が起こったのか分からないでいると、周りのギャラリーから歓声が起こる。そう、ナットを締め過ぎたため、一箇所にストレスのかかった強化ガラスが粉々に割れてしまったのである。「覆水盆に返らず」「割れガラス元に戻らず」これは自分のミスなので、ただ落ち込むことしかできない。でも僕には、車を走らせ続けなければならない命題があるし、駐車スペースに屋根もないのだ。だから、どうにかして今日中にガラスを探しださなくてはならない。都内にある何軒かのロータスのパーツ屋さんに電話をしてみたが、サイドウィンドーの在庫を抱えている店はなく、困り果てているとS氏が、溜池の有名自動車ガラス屋さんを紹介してくれた。そこへ行けば、ガラスを切って焼きを入れてウィンドーを作ってくれるとのことである。
ガラス屋さんに行って事の次第を説明すると、「素人が手出しするからこんなことになるんだ。」と忠告でもされるかなと思っていたら、「カーブしていないガラスだったら簡単だよ。型を取るから助手席側のガラスを外して持ってきてくれ。」とのこと。すぐできるのかと期待したら、住宅のただ四角い窓ガラスの様にはいかず、ウインドーサッシと同じ形をした強化ガラスができるあがるのに、やっぱり2週間かかると聞いてまたガッカリしてしまった。でもさすがはプロである、ガラスができるまでの間に使う代用ガラスをアクリル板を切って、作ってくれるというではないか。
S自動車サーヴィスにとって帰り、今度は助手席側のドアをバラしてガラスを取り出し、それをガラス屋さんに差し出す。それで型紙を作った後、アクリル板を切り始める。プロの手際の良さとはこのことだろう。15分もしないで、アクリルウィンドーが出来上がった。子供の頃、家の窓ガラスを割って母親にしっかり怒られた後、ガラス屋さんがやって来て、何もなかったようにきれいに直してくれたことを思いだす。その時も今日もガラス屋さんがヒーローに見えた。
助手席側もフレームとワイヤーにサビが出ていたので、サビ止めを施し、ワイヤーを新品に張り替えて元どうりに組み直す。また、ガラスを割ってしまった原因の役立たずのスポンジは、ゴムシートを切り抜いて作ったものに取り替えたので、これでワイヤーが滑ることもなくなるだろう。
ドライバーサイドにできたてのアクリルウィンドーを組み付けると、重量がガラスの半分ぐらいなのが効を奏して、ウィンドーの上下するスピードがアップされた。
今日のドタバタのおかげで、エランのドアとウィンドー関係に関しては誰にも負けない自信が付いた。でも、こんなことは、誰も認めてくれないのである。
某年某月某日(2週間後)
ガラス屋さんにお願いしてあったウインドーガラスが出来上がったので取りに行く。しかし、エランのドアの中身は当分の間見たくもないほど癖へきとしているので、アクリル板が曇ってしまうまで、このままにしておくことにする。
その後、何年経ってもアクリルはなかなか曇らず、大急ぎで作ってもらったガラスは、お仕入れにしまわれたままになっている。
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