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第14話 ダブル噛み

某年某月某日

やっと手に入れたエランもこの数週間トラブルらしいトラブルもなく、ワイフが実家まで車で行きたいと言うので、一人で乗っても大丈夫だろうとキーを預けて会社に出かけた。
そして、これまでがビギナーズラックだったと言うことに気付くには、そんなに時間はかからなかった。なぜなら、それからというもの故障が怒涛のように押し寄せてきたからだ。
まずそのイントロは、オフィスにかかった電話だった。電話口で彼女が「ギアをバックに入れようとしたら、セカンドに入ってそのままシフトレバーが動かない!」と、言っている。車を駐車スペースから出すため、シフトレバーを引っ張り上げて左手前のリバースの位置に持っていったら、セカンドに入ってしまったそうだ。電話では修理もできないので、今日の彼女の実家行きは延期とあいなった。

会社から帰りシフトレバーを動かしてみたが、ビクともしない。車を走らせて、エンジンの回転を合わせれば抜けるかと、周囲を走り回るが、まったく効果がない。そんな時頭をよぎるのは、「トランスミッションオーバーホール、うん万円、うん十万円!」との悪い想像で、急に心細くなる。早速アルピーヌのYAに電話で事情を話すと、彼の厄介になっている「S自動車サーヴィスに持って行くといいよ。その前にS氏に電話をして聞いてあげる。」とのこと。数分して彼から折り返し電話があり、S氏は自宅でお酒が入ってごきげんだそうで、修理方法を電話で教えてあげるから直接電話をするようにとのことだった。まだ会ったこともない自動車修理を商売にしている方に修理方法を聞いてしまうのは、何とも不思議な気がしたが、「溺れるものはワラをも掴む」早速ダイヤルしてみた。電話の向こうのS氏の声はとてもうれしそうで「それはねダブル噛みだよ!」と、なぜ起こるのか、どうすれば直せるか、その手順をこと細かに説明してくれた。それはまるで、同じ病気の病原菌に新たに感染した人を歓迎するかのように親切だった。
「センタートンネルの内装を外し、シフトレバーを抜くとミッションの中が見えるから、シフトリンケージの切り欠きが長方形になるように、大きめのドライバーでこじって動かせばいいんだよ。」こういったアドバイスは、何十年のメカニック経験が有ってこそできるもので、いくら分厚いサービスマニュアルにも絶対書かれていないのである。
あまりに簡単に直るというので、半信半疑のままメモを読み返しながらその日はベッドに入った。 翌朝、メモを握り締めて作業を開始する。センタートンネルの内装を取り除くと、遮音と断熱に使われているワラが現われ、オイルとほこりに汚れているパーツリストでしか見たことがなかったパーツが出てくる。それを一つ一つ外しシフトレバーを抜くと、ミッションケースの中に3本のシフトリンケージが見えてくる。確かにその1本だけが前に出ている。指示されたとおりに大きなマイナスドライバーで後ろに引き戻し、切り欠き部分をきれいな長方形に並べ直す。そしてシフトレバーを組み付けると、何と元どうり。
最低でも数万円はかかるだろうと覚悟してしていたのに、電話一本で直ってしまい、思わずS氏のファンになってしまった。
ワイフはそれ以降エランに乗るのを躊躇するようになったが、それでも我家に一台しかない車なので、それで何処へでも出かけていくのだった。

某年某月某日

トランスミッションの直ったエランで、早速、三田のS自動車サーヴィスへお礼の挨拶に行く。
車が2台入るといっぱいになってしまうそのガレージは、様々な車から取り外されたパーツが天井からつり下げられ、客なのか従業員なのか分からない車好きの連中がたむろしている。S氏は車の下に潜ったままコードレスフォンで電話の応対をしている、ここは近ごろでは見かけなくなった正統派自動車修理工場なのだ。
普通メカニックの人達は、「人間より機械の方が人をダマしたりしないから好き。」といった暗いイメージの人が多いが、S氏は180度反対で、お酒が入っていなくても人好きの感じがする人だった。「使えないメカニックを雇うなら、その給料分で工具を買ったほうがましだ。」と、ほとんどの修理は自分一人でこなすそうだ。
彼に何の修理も頼んではいないのに、どれどれと言いながら僕のエランのエンジンルームを見回して、長さの余っている水温計のチューブを、調度飲み終えたカンコーヒーの空きカンにクルクルと巻き付けて、カールの形を整えてくれた。この辺が、彼がその後、エンスーメカニックと呼ばれだした所以であろう。そして僕も用もないのにタムロする、車好きのメンバーに入ってしまった。




 

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