第10話 夢のゴールは現実のスタート
某年某月某日(購入当日)
「長年の夢がかなって最愛の人と結ばれる」それにも似た、こんなに嬉しい日は、人生の内でそう何度もないであろう。でもこれが、これからの「愛と憎しみの日々」の始まりだということを、第三者からは予想できていたかもしれないが、本人は、悪女に騙された男のように有頂天なのだった。
ワイフと車を引き取りに行き、皆が集まる喫茶店K に乗り付けると、早速連中が外に出てきて、意地悪な品定めが始まる。取りあえず外見を舐め回した後、エランの一番の弱点への攻撃だ。ラバーカップリングがどの程度くたびれているか、「これは外道だよ!」と言ったアルピーヌのYA が、下回りを覗き込んでチェックしているではないか。
そして彼曰く「この車ハーフシャフトが、ユニバーサルジョイントに交換されているよ。」「それは良かったジャン!」と言う奴、「ユニバーサルジョイントに交換すると、デフの方が壊れると聞いたことがあるなあ。」と言いだす奴もいて、エランを肴にああでもない、こうでもないの論争が夜更けまで続くのだった。
リヤのハーフシャフトに使われているロトフレックスラバーカップリングは、エランのアキレス腱と言われる部分で、別名ラバードーナツと呼ばれている。その名のとおり、直径15 センチ程度、太さ4 センチぐらいのゴム製のドーナツ状の輪で、デフから後輪までの間のハーフシャフトに左右2 箇所ずつ4 個も使われている。クラッチを繋ぐとゴムがグニャグニャっとして、一瞬の間があった後、車が動きだす。エンジンブレーキかけると前後に車が揺すられる。まるで運転が下手になったようで不快だし、人の運転の横に乗っていると気分が悪くなってくる。しかし、エランオーナーには、このラバーカップリングが使われているネガティブな要素を、エランがレーシングカーのノウハウをベースに作られたロードカーであり、それがロータスの伝統であると感謝(勘違い!)している人が多いのである。
いつち切れるか分からない部品をなぜロードカーに使っているのか、僕のエランがユニバーサルジョイントに変更されているから言うわけではないが、不思議でならない。
当時は現在のように大パワーに耐えられるCV ジョイントを作る技術がなかったから、F1 などレーシングカーには、このラバードーナツが必ずと言ってよいほど使われていたのだろう。しかし、レーシングカーは、毎レースごとにメンテナンスされることは、誰もがご存じのはずだ。
手に入れてから時間を掛けていろいろな所をチェックすると、意外な事実が判明する。まず、エンジールーム内では、甘食パンと揶揄されるストロンバーグキャブレターから、ハイパフォーマンスカーお約束のウェーバーに変えようと思っていたが、何とそれには莫大な費用が必要なことがわかった。ロータスツインカムのシリンダーヘッドは、ストロンバーグ用、ウェーバー用と、それぞれのキャブレター専用にマニーホールドがヘッドと一体の鋳物になっていて、ウェーバーを付けたければ、シリンダーヘッドごと交換しなければならないのだ。どうして別体のマニーホールドにしなかったのか、この方がコストが安かったのか、チャップマンに聞いてみたいところだ。(因みにキャブレターをストロンバーグにしたのも、コストダウンとエミッションをパスするのが目的だったと物の本には書かれている。)
これはもっと後になって分かったことだが、右側のドライブシャフトが通る直前の壁に、グラスファイバーを修理した後が残っていた。この修理痕からその原因を推理すると、走行中にラーバーカップリングがち切れてハーフシャフトが暴れ、グラスファイバーの壁に大穴を開けてしまったことが容易に想像できる。このトラブルに業を煮やした前オーナーが、ラバーカップリングからユニバーサルジョイントを使ったハーフシャフトのコンバージョンキットを組み付けたに違いない。とにかくアキレス腱が強化されていることを、前オーナーに感謝した。
|