第9話 HOTな車
某年某月某日(購入数日前)
古い車のオーナーの中には、何台も同一車種の車を乗り比べてからどれを買うか決める人がいるというのに、僕はほぼ100%購入を決めてからこの日が始めての試乗である。よく考えたら、これまでエランの助手席にも乗ったことがないことに気が付いたので、前日に、色々な雑誌に掲載されたエランの試乗記を読み返しておいた。
ドライバーシートに座り、それらのインプレッションを頭の中で反芻しながらソロソロと走りだす。まず気がついたのは、「エランのサスペンションは柔らかいと形容してさしつかえないと思う。」との記述と、僕が受けている感触がどうもかみ合わないことだ。どう言うわけか、この車のサスペンションは、けっこう堅いのである。華奢なFRPボディーと見た目が鉄板細工の様だとバカにしていたフレームは、意外と剛性が高く、しっかりしているし、ドアの建て付けも遊園地の車と言うより、まともな自動車しているのである。
そして受けた一番強い印象は、「なんてHOTな車なだろう。」というものだった。このホットは、「目が覚めるほどのパワーがあって、素人が触るとヤケドしそう。」と言うことではなく、ただ車内がやたら暑いのである。いくら季節が夏だからといっても、コタツに足を突っ込んでいるかのように、足元から熱気が伝わって来るのだ。「この原因はきっと、ヒーターバルブでも開きっぱなしになっているのだろう。」と、この時は高をくくっていた。しかし、購入後に、それはどうにも直しようのないこの車の個性(欠陥)であることが判明した時には、僕は既に、それをも許容してしまう哀れな奴隷に成り下がっていた。
熱の原因は極めて単純で、アクセルペダルを踏む右足から5センチほどしか離れていないの所を、エキゾーストマニホールドが通っているからなのである。その間には、ボディーシェルの薄いグラスファイバーの板と、申し訳程度の断熱材とカーペットしかないのだ。
前にも書いたがこのエランは、US仕様の左ハンドルである。右ハンドルを基本にデザインされているエランにとって、助手席の足元が熱くなることはさほど大きな問題ではないだろう。なぜなら、そこに座っているパッセンンジャーは、足を好きなところに持って行けるからだ。でも左ハンドルの場合ドライバーは、右足でアクセルペダルを踏み続けなければならないのである。グランプリカーでドライバーに様々な犠牲を強いてきたチャップマンにとって、ハンドルを左に移したことによって起こるこの程度の弊害は、一般ドライバーに許容させて当然のことだったに違いない。
「憧れていた車に初めて乗った。」そんな舞い上った状態では、どんなアバタもエクボに見えてしまうから恐ろしい。
そんなわけで、大汗をかきながらまともに「走る、止る」ことを確認しただけの試乗の済せて、あとは野となれ山となれで、頭金を払い込んだ。
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